「今年の新語2020」が「ぴえん」に決まった理由は?審査員に舞台裏をあれこれ聞いてきた

言葉が大好きな人のためのディープなレポートです
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ぴえんは「日本語で欠落していた領域」にカチッとハマった言葉

Q、ぴえんが今年の新語でトップだった理由を教えてください

山本「ぴえんは、まず『日本語学的に面白い』ですよね」

小野「そうですね。濁音と半濁音の関係を考えると、『ぴ』と『び』では言葉の重さが変わります。「ぴ」を入れると、明るくライトな感じの印象になります」

山本「日本語では『大泣きする』という意味の言葉はありますが、『軽く泣く』を表す言葉はありませんでした。日本語の中で欠落していた領域です」

飯間「程度で言うと『めそめそ泣く』か『わんわん泣く』のどちらかしかなかったのですね」

小野「ぴえんは、泣くという行為について、程度が小さいけれど印象的な響きを持つ言葉として、ものすごくいいポジションに収まる言葉だと思います」

山本「ぴえんは、これまで『軽く泣くこと』を表現する言葉が無かった部分に上手く入りこんできて使われるようになったという点で、単なる流行語としてではなく、今後も定着する可能性が高いと期待しています」

ぴえんが「日本語として欠落していた領域に突如現れた新星」だと考えると、ずいぶん印象が変わる。

ぴえんについて、4種類の辞書担当者が書いた語釈。それぞれの個性がにじむ

日本語的な意義に加え、ぴえんが幅広い年齢層の人も使える言葉であることもポイントになったようだ。

小野「大学の授業の資料を作った時に『ぴえん』の言葉を使ってみたんですが、これが結構ウケたんです。このとき『ぴえんは60代の人間でも普通に使える言葉なんだ』と思い、普及する可能性を見出しました」

山本「年代を超えて使えるということは、その言葉が普及している証拠ですからね」

ちなみに、ぴえんから派生した「ぱおん」(「ぴえん超えてぱおん」といった形で使われることが多い)は、ぴえんほど定着することはなかった。飯間先生いわく、ぴえんに対して「ぱおん」は特定の世代が限定的に使うに留まったからで、ここに流行語で終わるか、新語として定着するかの違いがハッキリ表れているという。

新語大賞の舞台裏

ここからは、今年の新語大賞の舞台裏や、選考委員の方々がどんな想いをもって参加しているのかなど、発表会では収まりきらなかった+αのエピソードを紹介したい。

Q、「今年の新語」にかける想いを聞かせてください!

飯間「毎年年末になると色んな言葉大賞が開催されます。その中でも『今年の新語』は、単にその年スポットライトが当たった言葉をピックアップするのではなく、『辞書を編むために、日本語として仲間入りした言葉を探すイベント』というイメージを持ってほしいですね!」

山本「長く使われそうな言葉を見つけると同時に、その年起きたことによって『新しい言葉が加わる』とか『言葉に新しい意味が生まれる』といった、“言葉の変化”をとらえていきたいと考えています」

小野「今年の新語は、それぞれ個性の異なる4種類の辞典の編者・編集委員たちが集まって、意見をすり合わせ、時には論じ合って一つのランキングを作っています。この点非常にユニークだと思います」

Q、今年の新語を選ぶとき、難航するポイントってありますか?

「グランピング」は飯間先生が何年も前から推していた言葉だったらしい

小野「『ランキングの中盤あたりにどの言葉を選ぶか』が、毎年意見の分かれやすいところです」

飯間「大賞を取るのは、すでに広く使われていて、日本語として定着することが明らかな言葉です。それ以外の言葉については、『大賞になるほどの影響力はないけど、個人的に好きな言葉だから』といった具合で、選ぶ人たちの“推し”が入るんですよ(笑)。そこで個性が出ますね」

山本「『定着しそうな言葉』をベースに、言葉としての面白さや変化を重視してはいるのですが、やはり毎年年末にやるイベントということで『その年に起きたことを反映させたい』という気持ちもあります。時代をどう捉えているかは、選考委員のメンバーによって異なるので、意見が分かれるポイントになりますね」

Q、「これは定着する」と思ったけど、見立てが外れることもあるのでしょうか。

飯間「『ファッション用語』は予想が難しいなと思いますね。例えば2017年の8位に選出した”オフショル”。オフショルときいて、オフショルダーのことだとわかるくらい一般化していることに着目して選びました。

しかし、出版社の関係者が『来年にはあまり使われなくなってるのでは』とおっしゃっていて、その予言通り、翌年にはGoogleの検索数がぐっと下がりました。ファッションは流行り廃りがある分、難しいなと」

山本「ただ、ファッション自体が廃れたとしても、言葉としては残ることもありますからね。ファッション用語は投稿数もかなり多いですし、皆さんがどういう言葉に関心を持っているかが分かって大変参考になります」

小野「毎年ファッション用語がたくさん候補としてあがってくるので、新語大賞とは別枠で、ファッション枠を作ろうかという話もあるくらいです」

今年の新語は、言葉に生きる人たちが、侃々諤々(かんかんがくがく)の話し合いと言葉への愛をぶつけながら決まっているのだ。選考委員の方々の想いや個性など、人間的な要素も含まれていることを知ると、今年のランキングの結果もより「生きた」ものに感じられる。

最後に、先生方に今年を締めくくる質問をする。

Q、言葉のプロから見て、社会が大きく変わった今年はどんな一年でしたか?

小野「色んな行動が束縛され、イライラしたり、閉塞感のはけ口を新しい言葉にして発散しがちな年でした。だからこそ、『いかに言葉を通じて相手を思いやれるか』が試された時代になった気がします。新語大賞も、コロナ関連の言葉ばかりになって、嫌な記憶とともに残ってしまわないよう気を遣いました」

飯間「明治維新のあと、戦後など、社会状況が大きく変わると、新しい言葉がたくさん生まれます。社会が急激に変わることで、それに対応する言葉を急いで用意しなければならなくなるからです。

コロナによって社会に予想外の大きな変化が起きた今年も、例年に比べて新語がどっとあふれたことは間違いないですね。

もちろん、コロナの期間だけしか使われないであろう言葉もたくさんあったので、今年の新語でもその点意識して慎重により分けたつもりです」

山本「言葉をもって新しい時代に対応するとき、新しい言葉が生まれるパターンと、今まであった言葉に別の意味を持たせるパターンの2種類あります。今年の新語大賞で言うと「リモート」が後者のパターンです。社会の変化を表現するために、既存の言葉でなんとか対応しようという動きですね。

国語辞典はこうした時代の変化に対応するために、新しい言葉を載せるだけでなく、既存の言葉に新しい語義や使われ方を追加していく必要があります。言葉の変化を見つめていくという点でも、意義のあるイベントなのではないかなと思います」

社会の大きな変化を色濃く反映した「今年の新語2020」。今回選ばれた言葉が、来年どのような使われ方をしているのかにも注目だ。